自分史。ようやっと退職へ。
昨日はダンナが早かったので、久々に行きつけの居酒屋に行っちゃいまして。。。
その後、2か月してやっと入ったニューフェースは、65歳・男性だった。
・・・・・・・・・・3カ月で辞めた。
でしょ~なっ。
65歳だからとか、男性だからとか。そういう目で見てたことはないです。
が~~ね。
とにっかく仕事が全然覚えられなくてまいった。盛り付けの量を毎回指示し、調理道具のしまい方を毎回教え、何時に何をするのかを毎度注意する。
というのを上司と青年とワタシがトリプルで言い続けた。若干かわいそうなくらいに。
ご本人、人としては悪い方ではなかったし。一生懸命やられてたと思う。
けど、予想を超える肉体労働の厳しさについてこれないと判断されたのだろう。
「腰痛がひどくて。」とのお申し出だった。
おじさんが入った時点で、
「もう辞めていいよね?」
と聞いたワタシに、
「たぶんヤバいと思うんだよ。」
との上司の予想が見事に的中。
つうか、わかってんならそんな奴いれんなやっ!!
そんなわけで、結果また人を見送ることになった。
正直、ちょっと辞める気が萎えた。
世の中はコロナ第一波で大騒ぎのころで。
飲食業界はどこもかしこも大変な状況で。
どっちにしろ、その時辞めたとて、次に動きようがない状況だった。
「・・・・・・・・もういいよ。とりあえず、コロナが収まるまで辞めるのやめるよよ。」
小さめに呟いたその言葉を、嬉々とした顔して「待ってました!」とばかりに施設長に報告に行った上司。
その後ろ姿を『なんで言っちゃったかなぁ。。。』と自問しますが後の祭りです。
なんでもそう。タイミングってほんと大事ですよね。
あの時はそう判断するしかなかったけど、今思うに、残るなら残るで「いついつまで。」と明確に決めとかなかったのは失敗だったと思います。
あ。
そうそう。
残ってもいいかと判断したのは、一年前に退職してた青年が戻ってくれたこともありました(笑)。
正社員を目指して病院勤務を選んだ彼でしたが、直属上司のパワハラもどきの対応と、残業代が出ないブラック職場に嫌気がさしたそうで。
辞めて半年ほどして職場に遊びに来た時にその話を聞いたのですが、同僚みんなで「だったら戻っておいでよ~。」と声を合わせました。
彼が戻ってくれたおかげで職場環境が改善されたこともあって、だいぶ精神的に楽になったこともあり、そのときは残ることもそんなに悪くはないかなぁって。
けど。
一度切れた「やりがいスイッチ」が、再びオンになることは、その後一度もなかったです。
去年の夏前。
自転車ですっころんだことがあって(笑)。
左側面を強打したのですが、お盆前に腕の痺れを自覚して。
ある時、まったく鍋を支えることができなくなって慌てて病院に行ったのですが、頸椎ヘルニアが見つかりました。
このまま腕が使えなくなったらどうしよう、とめちゃくちゃ焦りましたが、正直、
「ようやっと辞める理由ができた。」
と、その部分ほっとした気持ちも沸いてきました。
ちょうど、ワクチン接種も済んだころだったので、ようやっと「タイミング」がきてくれたと。
けど、前回の退職騒ぎの時の経験があったので、たぶん上司がそれを受け入れるのに半年くらいはかかるだろうと予想しました。
そして予想通り、いや予想を超えて、退職を口にしてから8か月後の今月、ようやっと退職することになります。
ほんっとに。ほんとに長かった。
在職したのも歴代一番長かったし、何しろ退職するまでに3年もかかるとは思ってもみなかった。
ようやっと、退職だ。。。
はて?
これからど~しよ~かね~~~~~~??????
つまらない自分史を長々書いてしまいましたが、何で書いたかというと、今、まったく退職する実感がない状態で。
先の自分がまったく見えない状態なのに、とにかくそこを抜けることにのみこの半年強を費やしてしまったので、ほんとは「先の自分」を見て進まなきゃいけなかった部分の計画が甘すぎて甘すぎて。
あ~。書いてようやく自分のことがわかりますね。
やっぱ、この半年。まったくもって集中して選択・行動しなかったせいで、次々と失敗を繰り返したんだなぁ。なるほどなぁ。。。
そんなワタシがやらかした、去年後半の一番の大失敗について、を次から書きます。
今日もつまらない長文お読みくださりありがとうございます。